大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和35年(家)8052号 審判 1960年9月17日

申立人 大山武平

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立の要旨は

申立人の名「武平」を「基善」と改名することの許可を求めその事由として、

申立人は出生当時日露戦争の最中であつたため、武力を以て平定する意味で武平と名附けられ、「おおやまぶへい」と呼ばれ、戸籍にも大山武平と登録された。しかし、今日平和憲法のもと文化国家建設時代に好戦国民的な武力平定を意味する名文字は現代の社会に似合わない。また、武平の呼称が肛門から放屁一発する「ぶつ」「屁」に似て不潔な臭気を連想するため社交上も支障がある。

申立人は昭和三年以来一貫して都庁の戸籍事務に従事したが、課長職以上が五十七才で退職勧奨に従い退職する例にならうに当り、今後の社会生活上の支障を除くため、前記の如き意味合を含まぬ「基善」その呼名を「もとよし」と改名し新らしき人生に再出発し、新生命に生きるため本件申立に及ぶというのである。

思うに、姓名はわれわれ個人が社会で他と異なる存在を示す称呼である。親は自分の子がその生涯を幸福に過ごすことを祈念して一途にその子の行く末を案じ命名するために著しく苦しむのが常である。その名はその時代の産むところであるからその時代的色彩をおびることあるはもとより否定できないが、その意味はつとめて善意にすなおに理解さるべきものである。

ところが、申立人が明治三十七年十月○○日生であることは戸籍謄本によつて明かで当時日露戦争中であつたこと、戦争中と雖も、個人で武力を用いられないことも公知の事実である。故に申立人の父寅次郎が源頼朝、豊臣秀吉の如き武力で兵馬の権を握り、武をもつて天下を平定することを夢みて命名したものではないと思われる。申立人の妻美津子の供述中「寅次郎の父を平五郎と言う」とあること、と、申立人出生当時個人的に望めることは武術、武芸の極致を究めつくして、到達し得べき境地である。従つて、寅次郎の愛児たる申立人の上に実現せんとする念願は武芸の達人の境地を平常心とする完成された人格者である。これを祈念しその成長を念願して武平と名附けたものと推知するのが相当である。そもそも申立人が明治憲法を軍国主義的憲法、日露戦争を軍国主義に因る戦争と断定する前提に立つて自己の名の由来を理解しようとする態度に賛成し難い。また、武平の発音と、肛門から出る瓦斯の発生音とを結びつけることは牽強附会も甚だしい議論である。いずれにするも申立人の主張は採用することができない。

なお、大山美津子の供述中「申立人が一年半位前から非公式の場合だけ「基善」の名を使用している旨の供述があるがこれだけで通称として永年使用と認定することもできない。

その外、申立人の供述その他申立の全趣旨、当裁判所の調査の結果によるも申立人の名武平を継続使用することが申立人の社会生活上著しい支障があること、武平の名を変更すること、または、更に進んで基善の名を使用することが申立人の社会生活上必要欠くべからざるものと認めるに足る資料は一つも存在しない。

そこで本件申立は戸籍上の名を変更するに足る正当の理由ある場合と認め難いからその理由なきものと認め主文のとおり審判する。

(家事審判官 森松万英)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例